いざエアストリーム案が採用になったとはいうものの父は常々「60にもなってこの土地を一人で開拓するのはムリだ」と言い切ってました。ただその一方で、「お前らと一緒ならできる気がする」とも。父が自ら掘り出し物のエアストリームを見つけてからは、「もう早くしてくれ」と言わんばかりに前のめりでした(笑)。もともと、家にいるよりも外に出ていたい人なんだと思います。いま第三次が来ていると言われているキャンプブームですが、父は第一次のときからテントやランタンを一式取り揃えて、家族をキャンプに連れていくのが大好きでしたから。
そこで私は、弟の啓泰(ひろやす)に声をかけました。エアストリームリゾートの実現には相応のお金がかかりますので、私たち息子でうまく分配して工面する必要があったのです。「白州の土地にエアストリームを入れた貸別荘をつくって、人数限定でオーナーを集ってやってみないか?レンタルスペース化すれば、集客できる自信はあるから」私のプレゼンに、弟の答えも「それいいね、やってみたい!」。親父の夢が、私たち二人の夢になった瞬間でした。
そこからは、エアストリームの購入やら土地の整地やら、電気・水道・ガスといったインフラの整備やらと出費があり、ふだん先出しのお金は払わないと決めている私にとっては、ある意味で“未知の体験”だったように思います。それでも今回は、他の誰でもない自分たちの土地でしたから、もし仮にビジネスとしてうまくいかなかったとしても親孝行の証として残るからいいや…と思えたのかもしれません。以来、多いときで月に4回は白州に赴いて父と一緒に開拓し、会わない日にも電話で語らう時間が増えていくのでした。